12月に入り三陸毛ガニ漁が解禁を迎えると、宮古市内の鮮魚店や水産会社では「活毛ガニ」と記された看板が掲げられる。
ダンボールに手書きしたものを貼り出すこともあれば、すでに用意している看板を倉庫から出してきて、目立つように置く店もある。こうした「活毛ガニ」看板が宮古の町のあちらこちらで見られるようになると、いよいよ三陸毛ガニの本格的なシーズン到来となる。
そして、この時期になると急に落ち着かなくなるのが宮古の人たちだ。今年の毛ガニ漁は豊漁だろうか?大きさの平均サイズはいかばかりか?味噌がたっぷり詰まっているだろうか?初値はいくらぐらいになろうか、などと気もそぞろとなる。三陸毛ガニの到来を前にして宮古人の血が騒いでどうしようもないのである。
かつての宮古では、三陸毛ガニは決して高級なものではなく誰もが気軽に食べられる食材だった。また、市場で買うというよりも「知り合いからもらったのでお裾分けするね」という感じで、ご近所から回ってくることが多かったという。
当時の毛ガニの認識としては、「毛ガニ=地元で味わう美味しい食材」であり、決して「毛ガニ=高級食材」ではなかったのだ。つまり、「特産品として高く売る」よりも、家族で楽しみつつ、世話になっている人にも喜んでもらうという、あくまで大切なローカルフードのひとつだった。
ところがである。ここ20年ほどの間に宮古で水揚げされる三陸毛ガニを取り巻く状況が大きく変わってきた。
全国的な話になると毛ガニの有名産地はいうまでもなく北海道だが、実は岩手の毛ガニ漁獲高は北海道に次ぐ第2位を記録している。加えて宮古は、20年間以上にわたり、岩手県の水揚げシェアの第1位を守り続けている。こうした状況から、宮古は本州で最大の三陸毛ガニの産地へと認知されるに至ったのである。
また、三陸毛ガニそのものの価値も地元の食材から、地域外から求められる食材へと変化していった。追い風となったのは三陸毛ガニの味への再評価だった。体の大きさでは北海道産には敵わないが、水温が低く、潮の流れが複雑な三陸の海で育つ毛ガニは、身がしっかりと締まり、甘み旨みが濃くて美味しいと注目を浴びはじめたのである。
さらには希少性も三陸毛ガニの地位を確たるものとした。北海道では一年を通じて毛ガニの漁が行われているが、岩手県での漁は毛ガニがその身に旨みを蓄える冬季間のみ。しかも、全体の漁獲高となると北海道には遠く及ばない。美味しいうえに季節限定で希少。三陸毛ガニの価値はぐんぐんと急上昇していった。
こうして三陸毛ガニは、宮古の冬の味覚の王様として名を馳せるようになったわけだが、そうなってしまうと少し困ったのが地元宮古の人だった。三陸毛ガニが全国的に有名になって誇らしい反面、誰もが食べられるローカルフードだった毛ガニの価格が、おいそれと買えないほど高騰してしまったからだ。
とはいえ、そういう状況になりつつもただでは転ばないのが宮古の人たちだ。時期や漁獲高で上がり下がりする毛ガニの価格に鋭く眼を光らせ、毛ガニをゲットするベストなタイミングを吟味することさえも楽しんでいるのだ。つまり、宮古の人たちは今年も丸々と太った三陸毛ガニを適価で手に入れ、ほくほくしているというわけなのである。無心になって毛ガニの殻をむき、笑顔いっぱいでその身を頬張る宮古人にとって、「毛ガニを食べない冬は冬ではない」ということなのだ。
宮古人にとっての三陸毛ガニ事情は以上のような内容になるのだが、ここからは、宮古の外に住む人が三陸毛ガニを楽しむ方法をお伝えしたい。
いきなり結論になってしまうが、三陸毛ガニを味わい尽くすためには、三陸の港町・宮古に向かうべきである。宮古こそが本州最大の三陸毛ガニの産地であり、三陸毛ガニを心ゆくまで楽しめる最高の土地だ。
漁が行われる冬季間、町の鮮魚店では活毛ガニが所狭しと並べられ、飲食店は三陸毛ガニを使った料理を店の看板メニューに掲げる。ホテルや旅館は、贅を尽くした毛ガ三陸ニプランで旅行者たちをこれでもかといわんばかりにもてなす。さらには、三陸毛ガニに特化したその名も「宮古毛ガニまつり」がちょっと異様なほどの高テンションで毎年開催される。冬の宮古は三陸毛ガニ・パラダイスであり、まさに三陸毛ガニの宴が延々と繰り広げられている港町なのである。
Copyright © 一般社団法人 宮古観光文化交流協会